教員紹介

人間環境学部教員コラム vol.169

2015.03.19 現代コミュニケーション学科 牧野 ひろ子

『金沢八景から消えたもの』

何年か前「近世の日本文学」の時間で、江戸時代の子供の絵本について触れました。その中に、「神農」に出会って幸運を授けられる人のお話があったので「実はこの近くでも神農に会えます。来週までに見つけてきた人は、期末試験に大幅に点を足してあげます」と宿題を出し、ヒントもいろいろ付けたのですが、一週間の間に誰も発見しませんでした。

 

「神農」は中国の古い伝説では「炎帝」とも言われ、人民に耕作を教え、草をなめて初めて薬を作ったことから、医学・薬学の祖とされています。牛の首で(角(つの)があります)、木の葉で作った服を身に着けています。大きな漢和辞典なら挿絵が載っていますし、俵屋宗達が描いた「神農像」の絵なども時々(琳派展)などに出ます。製薬会社の本社(武田薬品、塩野義製薬、大日本住友製薬など)が多い大阪市中央区道修町(どしょうまち)には、神農を祀った社があり11月には「神農祭」も行われています。最近ではゆるキャラ「神農さま」というのも登場したそうです。

 

2002年の春節の休暇に、私は西安と宝鶏を訪れ、北京第二外国語学院の大学院生・李莉さんに、彼女の故郷・宝鶏郊外の「炎帝廟」に案内してもらいました。「地元の人でもめったに来ない」と李さんが言うように、街中は旧正月で賑わっているのに廟の周囲に人の姿はなく、何百段の階段を上ると色鮮やかな造花や、やはり作り物の様々な果物に囲まれ、金色に輝く巨大な炎帝―神農が鎮座していました。

 

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2月半ば、山上から見る周囲の山々も畑も春は浅く「黄色い大地」がどこまでも広がっていました。森閑とした境内に1人だけいたおみくじ売りのお爺さんは、おみくじ(漢字なのでほぼ意味が分かりましたが)の解説だけでなく、手相も見てくれました。李莉さんの通訳によると「日本に帰ると素晴らしいことがいっぱい待っている」とのことでした。全く当たらなかったことが、帰国後証明されましたが。

 

さて、金沢八景駅を出て16号線手前に「K堂」という化粧品と薬品のお店があります。この右側のショーウインドーに何年か前、金色で角があり木の葉の服を着た像が飾られていたのです。気になって店に入り「あれは神農ですね」とご主人にお聞きすると、「よく知っていますね」と漢方薬の勉強会でまとめて購入したのだと教えてくださいました。私が種明かしをした日は学生たちも皆で帰路に見たらしく、翌週は近世絵本の中の「神農」が少し身近になったようでした。

 

その「神農」像は、ふと気づくと「K堂」さんからいなくなっていました。その他にも金沢八景から消えたもの。六浦藩主・米倉家の墓地の周りの林。それから野島へ行く途中の永島家にあった門。安政年間に作られたもので、どこかに移転したのかと思っていたら、取り壊されていたとのこと。県立「金沢文庫」の学芸員の方が、「前もって知っていれば何とか保存の手だてもあったのに」と言われていましたが本当に残念なことです。再開発の進む八景の町。古い土地にある古いものはなるべく残ってほしいなと、時々考えます。

 

 

牧野 ひろ子(現代コミュニケーション学科)

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