教員紹介

人間環境学部教員コラム vol.168

2015.02.26 人間環境デザイン学科 杉田 正樹

哲学のゼミで映画を観る?

私のゼミでは、3ヶ月に2回程度映画を観る。

 

3年生と4年生のゼミを合同で、4時限、5時限と2コマ続けるので、都合、3時間ほどもある。少々長い映画も観ることが出来るのだ。

 

最近では、『友だちの家はどこ?』とか、『白いリボン』、『アイ・ロボット』、『ライフ・オブ・パイ』、『風の谷のナウシカ』などを観た。以前、『七人の侍』や『マトリックス』三部作も観たこともある。

 

ありがたいことに、昨年の4月から研究室が広くなり、映画も、研究室で、コーヒーなどを飲みながら鑑賞出来るようになった。それまでは視聴覚教室を借りていたのである。

 

終わると、ストーリーを追いながら、思いついたこと、気になることなどを挙げていく。何人もで観ていると、自分では気がつかなかった問題点が出てきて面白い。それらについて、議論し、6時頃になると、いつも、八景駅前の「カフェ・クレオール」で、続きをやるのである。

 

最近観たイラン映画、『友だちの家はどこ?』では、いつも見慣れている映画のテンポとまるで違ってゆっくりなので、学生諸君は驚いたようだ。(例えばハリウッドの『ライフ・オブ・パイ』とは大違いだ!)少年が、隣村の友人にノートを届けに行く、というだけの物語で、その間、いくつかの出来事はあるものの、それらがまたのんびりしているのだ。

 

【友だちの家はどこにあるのか。】

【友だちの家はどこにあるのか。】

 

しかし、見終わって話し合っているうちに、表層のストーリーとは別のものが次第に現れて来た。それは、イランの田舎の伝統や風景といった、異文化という言葉では片づかない、人間や社会の本質的なものである。

 

気取って言えば、そこには、人間の存在の不条理が、物語として客体化している。それは、このイラン映画だけに限った話ではないし、不条理だけでもない。要するに歴史や風土や社会に生きる、人間そのものが問題化するのだ。

 

これが、なぜ哲学のゼミで映画を観るのか、という質問に対する答えである。哲学は、なにも、難しい本を、数ページ読んで、眉根にしわを寄せ、ため息をつくことだけではないのだ、と言いたい。(もちろん、それも重要ですが。)

 

映画のことばかり書いたので、映画のゼミのような印象をもたれたかも知れないが、もちろん本も読む。

 

先日などは、藻谷浩介・山崎亨『藻谷浩介さん、経済成長がなければ僕たちは幸せになれないのでしょうか?』(学芸出版社)を4時間半ほどで一気に読んだのであったし、夢枕獏『人間って何ですか?』(集英社)、金井良太『脳に刻まれたモラルの起源』(岩波書店)や、マルクス・アウレリウス『自省録』(岩波文庫)も、時間をかけて読んだのであった。人間に関することなら、何でもあり、なのだ。

 

ゼミには他学科の学生や韓国からの交換留学生もいる。また、先日の映画のときなどは、他学部の先生が参加して下さったりと、なかなかオープンなゼミで、多いに楽しませてもらっている。さて、今年は何を観ようか、と今から楽しみである。

 

【哲学で解放されきったゼミ生諸君?】

【哲学で解放されきったゼミ生諸君?】

 

 

杉田  正樹(人間環境デザイン学科)

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