教員紹介

人間環境学部教員コラム vol.124

2013.06.13 人間環境デザイン学科 杉田 正樹

なぜ人は自転車をこぎたがるのか?

「教養ゼミ」とは、新入生諸君に大学生活になれてもらうための科目である。大学と高校では、かなり大きなギャップがあり、学生諸君もとまどうことしばしばである。そこで、講義の受け方、単位の取り方、そして何より、読んだり、書いたり、議論したり、発表したり、また、ノートをとったり、といった基本的リテラシーを身につけてもらおうと設けているのである。

 

 

さて、先週、自由題のレポートを課した。書く練習である。まずはテーマと、それを選んだ理由、アウトラインなどを書いて来るように言っておいた。
今週、それぞれ、500字から1000字程度書いて来た。その中にこんなのがあった。Kくんのものだ。

 

 

タイトル――なぜ人は自転車をこぎたがるのか
選んだ理由――自分自身、理由もなしに自転車で遠くに行きたがるからです。
アウトライン――自転車に乗りたがる心理
結論

 

 

【こぎたくなる謎の自転車】

 

 

これを見て、当人以外、みんなゲラゲラ笑った。
「たった4行じゃん。3分で書いたんじゃね?」
「チョー簡単」
「おまえが自転車こぎたいっての、どうだっていいじゃん」
「それって自分のことだろ。〈なぜ人は〉、じゃねえよ」
「〈理由もなしに〉じゃ、それ以上何にも言えねえじゃん」
「こぎたがるのと、遠くへ行きたがるのと、乗りたがるの、違うよな」
と容赦ない。
「これで書くの? マジ?」
「書けんの?」
と心配する声ももれる。
しかし、Kくんは「おれ書くもん」とすましている。
さて、どうしたものかと私も心配になった。もうちょっとまともなテーマにならないか。
レポートは、問いに対する答えを書くものだ。答えは、事実などの証拠によって論理的に導かれる。単なる意見や好みでは証拠にならない。そう教えている。「なぜ自分は自転車に乗るのが好きか」じゃあ、論証もヘチマもなさそうだ。

 

 

しかし、なんとなく気にかかる。Kくんは、やむにやまれない思いで遠くへ行きたいのだ(多分)。しかし今、彼には自転車しかない。それで自転車をこぐ。自分が行きたいだけなのだが、そのやむにやまれぬ気持ちが、みんなもそうだと彼に思い込ませる。
なぜ、どこへ行きたいのかは本人にも分からない(多分)。ともかくここではないところ、遠いところへ行きたいのだ。行っても帰って来ざるをえないのだが、しかし、またかれは遠くへ行きたくなるのである(多分)。

 

 

大昔読んだカフカの短編を思い出した。たしか、こんな話だった。

 

 

【カフカ。なぜかKくんに似ている。】

 

 

一人の従者を連れた老騎士が、田舎の旅籠に投宿している。早朝、遠くの教会から鐘の音がきこえてくる。老騎士は飛び起きて叫ぶ。「出発だ!」
「どちらへ?」と従者。しかし、老騎士は、「ここから(von hier aus)」としか答えない。答えられないのだ。「どこへだって?」、そんなことは分からない。しかしここから出なければならないことは確かだ。ひりひりするような気持ちにせかされて、かれは「ここから…」と叫び続ける。従者は当惑するばかり。でも、老騎士はもっと当惑しているはずなのだ。
ひょっとしたら、Kくんの思いもそうではないのか。かれは、現実の虚妄を直感して、ここではないところに、本当の、自分のいるべき場所に行かなければ、と思っているのではないか。自分を待っているところがあるはずだ、そういう思いが、「なぜ人は自転車をこぎたがるのか?」に込められているのではないのか。
(そういえば、年齢はうんと違うが、伊藤礼さんの『こぐこぐ自転車』(平凡社)という本もあった。)

 

 

【遠くから帰ってくるKくん。】

 

 

「いいじゃない」、と私は言った。「Kくん書いてごらんよ。7月発表、みんないいかな」。
みんなはまだゲラゲラ笑っていた。7月が楽しみである。

 

 

杉田 正樹(人間環境デザイン学科)

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